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ノ-0002 野口 小蘋 ≪風景≫ ノ-0002 野口 小蘋 ≪風景≫ ノ-0002 野口 小蘋 ≪風景≫ ノ-0002 野口 小蘋 ≪風景≫ ノ-0002 野口 小蘋 ≪風景≫
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ノ-0002 野口 小蘋 ≪風景≫

野口(のぐち) 小蘋(しょうひん)

出 身・・・麻植郡鴨島町喜来

・・・弘化 4年(1847) 1月11日

・・・大正 6年(1917) 2月17日

享 年・・・71歳

  名・・・親

  字・・・清婉

  号・・・玉山、のちに小蘋

略 歴・・・医者【松村 春岱】の子。大阪で生まれ、父の死後14歳の時に、名古屋に移り住む。
 文久3年(1863)、京都に移住し、漢学と書を【小林 卓斎】に学び、南画を【日根 対山】に学んだ。
 明治4年(1871)、東京に出て画技を磨き、詩文を【岡本 黄石】【小野 湖山】に学んだ。
 明治10年(1877)、滋賀県人の【野口 正章】に嫁ぎ、野口姓になる。
 明治19年(1886)、昭憲皇太后の寝殿の屏障を描いた。
 明治22年(1889)、華族女学校教授となった。
 明治34年(1901)、美術協会に出品した『蘭亭図』『秋草』は、好評を得て御用品となった。
 明治35年(1902)から明治42年(1909)にかけて、常宮・周宮両内親王の御用係を拝命し、御慶事まで奉仕した。
 明治37年(1904)、女性初の帝室技芸員となった。
 明治45年(1912)、第一回文部省美術展覧会の審査員になった。
 大正3年(1914)、大正天皇即位の大典にあたり、宮中に依頼されて描いた『悠紀屏風』と徳島県より献上した鳴門・小松島の六曲一双屏風は代表作とされている。
 墓は、東京都港区青山の青山墓地にある。
  

  

 
 


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